タブロイド誌「S」

vol.2
桜花と桜葉の塩漬け
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桜半島、伊豆。伊豆には、200種以上もの桜が存在しており、10月から5月まで、じつに8ヵ月にわたってさまざまな桜が咲き続けます。また花として観賞するだけではなく、自生するオオシマザクラの葉を「食す」ための文化も育んできた全国的にも稀な土地です。伊豆の人々は、桜とともに暮らしているのです。
石舟庵では創業より地元である伊豆松崎産の桜葉、小田原産の桜花を使用し、桜餅や桜饅頭をはじめ数々の「桜の和菓子」をつくってきました。近年では、桜の花そのものの美しさを感じてもらいたいと、八重桜の花を用いたジュレも加わり、春はお店がいっそう華やぎます。
和菓子素材としての桜の扱いは、香りの儚さと塩分との戦いです。桜葉、桜花ともに塩漬けされた保存食として加工されており、和菓子にするためには塩分を取り除きつつ、香りと食感を最大限残すことが秘訣となります。そのために水にさらす水温と時間を秒単位で調整し、加熱温度と加熱時間を職人の経験を頼りに調整します。非常に繊細で気の抜けない作業が続きます。また、桜餅では葉を一枚一枚拭き上げ、桜饅頭では花を一輪一輪揃えて並べるといった細やかさと手間ひまを必要とする手作りの和菓子です。繊細な心づかいと技術があいまって、桜は「桜の和菓子」に生まれ変わります。
石舟庵が伊豆の桜にこだわるのは、日本一の生産量と世界に誇れる最高品質の恵みを多くの人に知っていただきたいからであり、この地の人々がつくりあげた素晴らしい桜文化を、和菓子を通じて守っていきたいからです。
古来より日本人は恋する相手や親しい人に、桜の歌を捧げてきました。花の美しさ、そのはかなさに自らの想いを重ねて歌にしてきたのです。桜の和菓子にも、その瞬間を愛おしく思う心が込められています。特に五感に訴える春の到来は、和菓子ならでは。桜葉のゆかしい香りに芽吹きを感じ、ほんのり淡く色づいた桜の花びらに、陽光に輝く希望を思う。日本人の情緒に寄り添う桜食文化がいまも息づく「桜の産地」を訪ねました。